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小路 隆 -PROFILE-

生まれ育ち

小路 隆(ショウジタカシ)
昭和○○年6月22日 熊本生まれ A型 蟹座
小学三年生までに、久留米、佐世保、門司と九州を転々とし、その後は関東に移り、神奈川県川崎市、小田原市、東京都狛江市と転校を繰り返す中で学生時代を過ごす。

演奏家歴

音楽、そしてロックとの出会い

20代前半に松井五郎(現作詞家)と組んだバンドがヤマハポピュラーソングコンテスト(通称ポプコン)関東甲信越大会で「暴威(後のBOOWY)」など強豪を押さえ、2年連続優勝。静岡県のつま恋で行われる本選会に出場。
その流れでヤマハ関連の仕事でベースを弾きはじめる。この頃出合った音楽仲間には、たびたびリズム隊を組んだそうる透(ドラム)をはじめ、河村カースケ(ドラム)、斎藤英夫(ギター/プロデュース)などがいる。
また、これとは別に、ファンク、ロックなど5つのバンドを掛け持ちするなど、ベーシストとして本格的に活動を開始する時期となった。
また、高校時代の修学旅行を休んでまで伝説の日劇ウエスタンカーニバルに出演するなど、この時期から音楽活動に大きく傾倒していく。

ベーシストとしてのキャリアのはじまり

クラッシック好きの父と教会で歌う母の下、幼稚園になるとヤマハ音楽教室でピアノを習いはじめる。
その後、高校生になると軽音楽部に入部。ピアノを習ってきた小路だが、ココでギターやベースに興味を持ち担当したことが将来を決めることになった。
この時、後にスタジオミュージシャンになる岡沢茂(ベース)や松任谷由実のサポートバンドに入る風間幹也(ドラム)と知り合いセッションをする仲となる。

バンドデビュー、そして出会い!

24才の時、在籍していたロックバンド「メドウス」が東芝EMI/渡辺エンタープライズよりメジャーデビュー。
プロデュースは石坂啓一(ユニバーサル社長 – 2013年3月1日現在)、立川直樹(音楽評論家)。
宣伝は菅谷憲(スターダスト出版チーフ – 2013年3月1日現在)が担当。レコーディングでは古田たかし(ドラム)とリズム隊を組んでの録音となった。
また、その頃、同じ事務所(渡辺エンタープライズ)に所属する山下久美子や吉川晃司のサポートをしていた
バンド「PaPa[椎野恭一(ドラム)、笠原敏幸(ベース)、横山ジュンヤ(ギター – 山下久美子時代)、稲葉智(ギター–吉川晃司時代)、山崎透(キーボード)]」と運命の出会いがあったのだが、
この時点では、後にこの「PaPa」と大きく関わることになろうとは、まだ知る由もなかった。

音楽制作者としての修行時代

その後「メドウス」は解散。小路は、プロデューサー石坂氏のいた東芝EMI第一制作部に籍を置き、菅谷氏、三宅氏(宇多田ヒカル担当 – 2013年3月1日現在)の下で音楽制作のノウハウを会得する。
また、時期を同じくして、当時松任谷由実のバックグラウンドボーカルをしていた平塚文子や狩野良昭(ギター)、山口知之(ドラム・パーカッション)大久保治信(Key)らとバンドを組み、オリジナル楽曲の作曲をすべて手掛けたことをキッカケに本格的に作曲活動を始める。

ベーシストとして本格始動

その後、東芝EMIより新人アーティストのサポートの依頼を受けたのをキッカケに、本格的にベーシストとしての活動を開始。数々のアーティストのツアー、テレビ出演、レコーディングという日々が続いた。
その中でも、斉藤誠、南佳孝、高橋研、坪倉唯子、小林克哉No1Band(ゲスト シーナ&ロケッツの鮎川誠)は特にクレージーで楽しかった事が今でも強く記憶に残っている。

作家時代の幕開け

そんな毎日の中で知り合った、当時松任谷由実バンドでバンドマスターをしていた新川博(編曲家 – 2013年3月1日現在)と以前バンドを組んでいた平塚文子と意気投合し「Yo!!」というユニットを結成。
オリジナル楽曲全てを作曲すると共に、ココではギターも担当することになる。
この「Yo!!」では松任谷由実作曲CMソングのアレンジや、テレビ番組「あぶない刑事」のサウンドトラックの作編曲などを手掛けるのだが、なんとこの中の「あぶない刑事」のために作ったバラードが、後(1994年)にマイケルマクドナルド(元ドゥービーブラザーズ)によってリメイクされるなど作家としての才能を開花させた時期でもある。
そして、この頃より、小路の書く楽曲が様々なアーティストに採用されるようになり、徐々にスタジオワーク中心の生活に移行していく。

社長業~音楽制作A to Z全ておまかせ!

1986年

「Yo!!」の活動拠点として、そしてツアーやスタジオで知り合ったミュージャンと密にコラボする為の音楽制作会社を立ち上げることになり、「WannaBe’s(ウォナビーズ)」を設立。
ここから社長業と個人仕事という二束のわらじを履く日々がスタート。
松田聖子、杉山清貴、中原めいこ、小泉今日子等のミュージシャンコーディネートを手掛けつつ、「メドウズ」時代に知り合い意気投合したバンド「PaPa(パパ)」のデビューのために奔走する。

1988年

「WannaBe’s」からのアーティスト第一弾として、東芝EMIより「PaPa」デビュー。
この時、プロデューサー兼所属事務所社長として、U2、ローリングストーンズ等のレコーディングでも知られるニューヨークHitFactory(ヒットファクトリー)スタジオでのミックスダウンを敢行。
サウンドエンジニアはエアロスミスやボブディランを手掛けるジョシュ・アビーが担当する。

1989年

音楽出版会社、ゴーゴーミュージックパブリシング株式会社設立。
中原めいこのアルバム(この後アルバム3枚)をニューヨークとマイアミで制作。

1990年

ガールズバンド PINKSAPPHIRE(ピンクサファイア)のデビュー曲「PS I Love you」の作曲を手掛け、オリコン最高位2位を獲得。
また、このバンドとはバンド解散までプロデューサー、そしてライブでの音楽監督として関わることとなった。

1991年

中原めいこReMixアルバムをニューヨークにてマドンナ、坂本龍一等の作品も手掛けるサウンドエンジニアのゴウホトダと制作。
また、森川美穂のアルバムプロデュースとライブでの音楽監督も務めるのだが、この時手掛けた楽曲がオリコン4位にランクイン。
そして、森川美穂の仕事で知り合った舞台監督市川訓由氏とは、この後2000年頃までに、西田ひかる、高橋由美子、織田裕二、Bzなどで関わることとなった。
その後も、1997年にFANATIC CRISIS、1998年には中谷美紀とこの時期アーティストのプロデュース、ライブコーディネート&ディレクションが活動の中心となっていった。

2000年代からは、新人発掘を活動の中心に据え、また、自身のユニット Lusy on the radio も結成し、音楽業界も含め時代が変る中、あらたなフェイズとしての活動をスタートした。
2003年には、ジャイアントステップのプロデュース。そして、2004年、作家セクションをあつかう「ゴーゴーミュージック」を発足!2008年には自社レーベル「Divas-Lab」を設立。
2009年にはこの「Divas-Lab」より高田由香がメジャー移籍するなど、新人発掘~育成をひとつの大きな柱として、更に精力的に活動を続けている!

おまけ

そんな小路は、20代の頃に友人の誘いで「ROCKS」という音楽雑誌でライターの真似事をしたことがある。
初来日したヴァン・ヘイレンのレセプションでのインタビューやリハーサルから本番に至るレポートを書いたのは、実は若き日の小路だったのだ。
文筆家としての才能は、その後現在に至るまで封印されているが、幼い頃より何かに導かれるように音楽の道を歩んできた小路に新たな展開があるのか?今後の小路の活動を是非楽しみにしていただきたい。

主な作品

1986年

「ON THE RADIO」ERI[作編曲]
「雨とタップダンス」シブがき隊[作曲]
「硝子色メモリー」シブがき隊[作曲]
「Poison」シブがき隊[作曲]
「寒い国のマドンナ」シブがき隊[作曲]
「Cops And Robbers」小比類巻かほる[作編曲]
「Wait And See(ラブ・ソング)」鈴木聖美[作編曲]
「Yatte Yaruze!」矢尾一樹[作編曲]

1987年

「最後のVacation」ERI[作詞/作編曲]
「涙はFineで終わらない」吉野千代乃[作編曲]
「迷走の街」息っ子クラブ[作曲]
「HOTEL”R”」沢向要士[作曲]

1988年

「(Don’t) Go-Went-Gone」シブがき隊[作曲]
「Let It Go」西川弘志[作曲]
「Monday Traffic」沢向要士 The Burst[作曲]
「君がくれた孤独」矢尾一樹[作曲]
「Da・Da・Da」チャイルズ[作曲]
「Looking for love」PaPa[編曲/Pro]
「豹のTATOO (ExVer)」PaPa[作編曲/Pro]
「Dreamin’ Road 14」河田純子[作曲]

1990年

「P.S. I LOVE YOU」PINK SAPPHIRE[作曲]
「Wake Up Mind」河田純子[作曲]
「雨あがりはミント色」河田純子[作曲]
「NEVER MIND」河田純子[作曲]
「涙は君の明日をたすけない」小原慶子[作曲]
「蒼いフロンティア」松崎真人[Pro]
「Fun」設楽りさ子[作曲/Cho]
「ごきげんいかが?」設楽りさ子[作曲/Cho]

1991年

「Never mind」河田純子[作曲]
「君が世界に盗まれる」松崎真人[Pro]
「涙を止めないで」松崎真人[編曲/Pro]
「PRETTY TRIANGLE」西野妙子[作曲]

1992年

「最後にもう一度抱きしめて」PINK SAPPHIRE[作曲/Pro]
「恋のダイナマイト」PINK SAPPHIRE[作曲/Pro]
「Opening ~フリースタイル~」森川美穂[作編曲/Pro]
「ビジネスか恋か、それが問題!」森川美穂[編曲/Pro]
「目覚めたヴィーナス」森川美穂[編曲/Pro]
「YOU! YOU! YOU!」森川美穂[編曲/Pro]
「夏の助手席」森川美穂[Bass/Pro]
「POSITIVE」森川美穂[編曲/Pro]
「友達のまま」森川美穂[編曲/Pro]
「翼にかえて」森川美穂[作編曲/Pro]

1993年

「Scandal」Purple[作曲]
「友達のまま」森川美穂[編曲/Pro]
「チャンス」森川美穂[編曲/Pro]
「それぞれの夏」森川美穂[編曲/Pro]
「君が君でいるために」森川美穂[作編曲/Pro]

1994年

「第2章」Maná[作編曲]
「Wait And See」鈴木聖美 & Michael Mcdonald[作曲]

1995年

「偽りの季節たち」PINK SAPPHIRE[作曲/Pro]

1996年

「抱いてあげる」sinon[作曲]
「激走戦隊カーレンジャー」高山成孝[作編曲]
「激走合体!!RVロボ」高山成孝[作編曲]

1997年

「PARADISE」森川美穂[作曲]

1998年

「ONE -You are the one-」FANATIC◇CRISIS[編曲/Pro]
「すべての出逢いと別れに」FANATIC◇CRISIS[編曲/Pro]

2000年

「羽があるから」我那覇美奈[作曲]

2003年

「fuzzy blue」ジァイアントステップ[編曲/Pro]
「Over Tomorrow」ジァイアントステップ[編曲/Pro]
「スローモーション」ジァイアントステップ[編曲/Pro]
「スーパーフィードバッカー」ジァイアントステップ[編曲/Pro]
「愛が咲いた日」鷺澤頼子(松来未祐)[作編曲]
「Pureness」白河ことり(堀江由衣)[作編曲]

2004年

「永遠のReservation」堀内賢雄(オスカー)[作編曲]

2008年

「いつか貘はきっと夢を見る」GOTTA ALL STARS[編曲]

2011年

「どうしても君に逢いにゆく」山本兄妹[編曲]
「もしも人生がクイズなら」山本兄妹[編曲]
「拝啓お兄ちゃん」山本兄妹[編曲]
「キビタキの羽音」松井五郎 with friends[編曲]

2012年

「サクラ色」CONNECT[共作]

2013年

「銀の世界に願いを込めて」山田涼介(HaySayJump)[共作]

2014年

「いつかの街」テゴマス[共作]

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